第25回 北海道小児健康フォーラム ご質問への回答

2024年11月17日に開催されました第25回北海道小児健康フォーラムは、多くの皆様にご参加いただき、盛況のうちに終了いたしました。ご来場いただきました皆様、誠にありがとうございました。

終了後のアンケートで頂いたご質問に、演者が回答いたします。

講演1「貧血とこどもの健康」櫻井 由香里 先生

Q1.
隠れ貧血について、お話し聞きたかったです。なかなかフェリチン値まで調べてくれる病院がない気がします。
A1.
<フェリチンについて>
 小児の貧血の診断にフェリチン値は必須なので、おそらくたいていは調べていると思います。ただ、一般の親御さんでフェリチン値のことを知っている人は少ないので、診察室では話題にならないか、「鉄の貯金の数値」のような表現をしているかもしれません。クリニックだと、フェリチン値が返ってくるまでに数日~1週間程度かかる場合もあります。担当の先生に、フェリチン値はいくつですか、と聞いてみるといいと思います。
<かくれ貧血について>
「ヘモグロビン値は下がっていないけどフェリチン値が低い(12未満)の状態」を潜在性鉄欠乏といいます。ヘモグロビンが低下している明らかな貧血と違い、動悸や息切れは比較的まれですが、疲れやすさ、頭痛、いらいら、集中力の低下、脱毛(切れ毛)などの原因となっている場合があります。講演でお話ししたむずむず脚症候群や憤怒けいれんに潜在性鉄欠乏に加えて、女性(女児)だとPMS=月経前症候群(月経前の体調不良)の一因になるケースもあります。ただ、これらの症状は鉄欠乏だけが原因とは限らず、ストレス、生活習慣の乱れ(夜更かしや寝不足)、起立性調節障害、肩こりなど様々なものが合わさっている可能性が高いです。鉄欠乏の治療をしながら、原因を少しずつ解決していく必要があります。

Q2.
乳児期の鉄欠乏は貧血になっていなくても早期に治療するという話を聞いたことがあります。
A2.
<鉄剤について>
 鉄欠乏の治療に用いる鉄剤は、シロップ(インクレミン)、顆粒薬(フェロミア)、錠剤(フェロミア, フェルム)が一般的です。とくにシロップと顆粒薬は生臭い味がするので、嫌がるこどももいます。いずれも1日1-2回内服となります。鉄剤により便が黒くなったり、便秘になる人もいますが体質によります。何らかの理由で内服が難しいお子さんでは注射剤(週1回投与のものもあります)という選択肢もありますが、一般的ではありません。
<鉄補充の開始基準について>
 鉄剤の開始基準は、小児科医の中でも少し違いがあるかもしれません。私は、ヘモグロビンの下がり具合とフェリチン値、食事内容に工夫の余地があるかどうか、貧血や鉄欠乏の症状があるかどうか、などから総合的に判断しています。
乳児期は鉄欠乏の好発時期であり、ヘモグロビンが下がっていなくても、フェリチン値が12未満であれば鉄剤の適応と考えられます。フェリチン値が12-40程度の場合も、憤怒けいれんや夜間の不眠、いらいらして落ち着かないなど、鉄欠乏が困りごとの一因となっているかもしれない場合は鉄剤を開始することがあります。ふんわりした表現になってしまうのは、はやり「ケースバイケース」だからです。ご自分のお子さんのフェリチン値が低めで鉄剤の適応かどうか気になる場合は担当の先生にご質問ください。医者へ質問しにくいと感じる方もいらっしゃるかもしれませんが、遠慮する必要はありません。こどもたちの健康を守り、親御さんたちが安心して育児できるようにするのが小児科医の仕事です。

講演2「はじめの1000日の栄養 ~ 健康な人生のためのベストスタートを願って ~」野原 史勝 先生

Q1.
私はフォローアップミルクは基本必要ないと考えています。離乳食の時に混ぜるように勧めている小児科医や栄養士に会ったことがあります。先生はどう考えますか?
A1.
 フォローアップミルクは、乳児用調整乳(=育児用ミルク。粉ミルクや液体ミルクなど、いわゆる人工乳)と非常に外観が似ていますが、その組成や使用目的は大きく異なります。乳児用調整乳は牛乳を加工し各栄養組成をできるだけ母乳に近づけることを目指して開発・製造されており、母乳不足や様々な理由で母乳が与えられない時の母乳の代替品として与えられるミルクです。一方、フォローアップミルクは、牛乳の代替品として開発された食品であり、乳児用調整乳とは全く別のものとして位置づけらます。
1970年代の欧米諸国では乳児期早期(生後6ヶ月以前)から牛乳が与えられており、鉄欠乏の乳児(牛乳貧血)が多くみられたため、乳児の鉄欠乏予防の目的でフォローアップミルクが開発・発売されました。日本の食生活は、もともと米、豆、野菜を中心としたものであり、母乳/乳児用調整乳と離乳食との併用が順調にすすんでいれば、あえてフォローアップミルクを使用する必要はありませんでした。しかし、食生活の変化に伴い日本でも乳児期早期に牛乳を与える機会が増加してきたなかで、1975〜1980年にかけて国内各社からもフォローアップミルクが発売されました。
フォローアップミルクは、牛乳に不足している鉄とビタミンを補充し、牛乳で過剰になる蛋白質、ミネラルを減らした牛乳代替食品であり、乳児用調整乳と比較すると蛋白質、カルシウム、鉄などが多く、一方で乳児用調整乳には含まれる亜鉛と銅が添加されていないものが多いです。通常は、母乳もしくは乳児用調整乳を継続しながら鉄分を豊富に含む離乳食をすすめることにより必要な栄養素の摂取が可能であるため、フォローアップミルクは乳児用調整乳から単純に切り替えるものではありませんし、「飲ませなければならない」あるいは「飲ませた方がよい」というものでもありません。また、乳児用調整乳と比較して糖分を多く含んでいるため甘味が強く、乳児が満腹感を感じて他の食品を食べなくなることもある点にも注意が必要です。厚生労働省の「授乳・離乳の支援ガイド(2019年改定版)」では、「フォローアップミルクは母乳代替食品ではなく、離乳が順調に進んでいる場合は、摂取する必要はない。離乳が順調に進まず鉄欠乏のリスクが高い場合や、適当な体重増加が見られない場合には、医師と相談した上で、必要に応じてフォローアップミルクを活用すること等を検討する。」と記載されています。また、WHOは「フォローアップミルクは不要である」と決議しており、米国小児科学会では「場合によっては有害である」と述べられています。
離乳完了期以降、牛乳の代替としてフォローアップミルクを離乳食の食材に使用することも問題はありませんが、上述のように離乳食でバランス良く栄養が摂取されていれば必ずしも必要はありません。離乳期はさまざまな味を体験することにより味覚の幅を広げる重要な時期でもありますので、鉄分を豊富に含む食品はもちろん、そのほかにも多くの食品を楽しみながら与えていくことが大切だと思います。

Q2.
 近年、発達障害の診断がつく子どもが多くなってきています。昔より、それが私達の職場でも認知され、早期対応に繋がっているとも思います。これは、はじめの1000日にも関係することもあるのでしょうか?それだけではないと思いますが、食の乱れ、ファーストフードや食品添加物など関わっているのでしょうか?中学生や高校生の時に、はじめの1000日のお話を聞いていたら、これからの子ども達の為にも良いのかなとも思いました。
A2.
 妊娠中の栄養状態、精神的ストレスなど(=胎児期の成育環境)が、出生後の児の肥満、循環器疾患、糖尿病などの生活習慣病のリスクのみならず、神経学的な発達や精神神経疾患のリスク(認知能力の低下、行動異常、広汎性発達障害など)にも関連していることが報告されており、出生後早期の成育環境を含めた「はじめの1,000日」の重要性が言われています。もちろん、発達障害に関連する要因はそれだけでなく、はじめの1,000日だけで全てが解決する問題ではありませんが、少なくとも関連する要素の一つである可能性はあると思います。
 講演のなかでもお話したように、NCDs(非感染性疾患)の罹患率増加と、それに伴う医療費や社会保障費の増加、労働人口の減少などの疾病負荷は、日本を含め、世界的な問題・課題となっておりますので、DOHaDの概念およびそれに関連する知識を広く知ってもらうことは大変重要であると思います。したがって、妊娠・出産時はもちろん、幼児期〜学童期(生涯にわたる食習慣や食に対する考え方の基礎が身につく大切な時期)における「食育」、中高校生を含む思春期〜妊孕期における教育・啓発など、各ライフコースにわたる関わりが重要です。実際に、諸外国のなかには中高生への教育プログラムや保健・行政の担当者への教育・啓発など、次世代も見据えた取り組みをおこなっている地域や国もあり、今後、日本でも同様の乗り組みが必要であると思います。