第9回 北海道小児健康フォーラム

名  称 : 第9回「北海道小児健康フォーラム」
開催日時 : 平成19年8月11日(土)午後1時~午後3時30分
開催場所 : 旭川市大雪クリスタルホール 国際会議場
旭川市神楽3条7丁目
(電話 0166-69-2000)

講演1 「小児救急の現場からのメッセージ」
旭川医科大学 救急医学講座助教 杉本昌也 先生

講演2 「神経科学研究からのメッセージ: “教育は脳を変える”」
旭川医科大学 小児科学講座助教 髙橋 悟 先生

 

講演1 「小児救急の現場からのメッセージ」

旭川医科大学 救急医学講座助教 杉本昌也 先生

小児の病気のなかには、急いで受診されたほうが良いものもありますが、 ご家庭で対処できることもたくさんあります。今回は、小児救急医療の現状をご紹介し、旭川市に限らず全国的に急増している小児救急外来受診数と小児科医の減少について触れ、今、小児救急医療にとって何が問題なのか考えていきたいと思います。そして親ができることとして何ができるか、子どもの特徴と小児疾患に多い症状とその対処法、どういうときに病院にかかるべきかの判断についてお話いたします。そして家庭内でおきる事故と、誤飲の予防、さらに小児の救急蘇生についてお話ししたいと思います。

講演2  「神経科学研究からのメッセージ:“教育は脳を変える”」

旭川医科大学 小児科学講座助教 髙橋 悟 先生

教育はヒトを変えると言われるように、こどもの成長と発達を考える時、教育が果たす役割は大きい。本講演では、教育(養育環境)によりこどもの脳がどのように変化するのかという点について、最新の神経科学研究の成果から概説する。

ヒトの脳では、一度障害がおこると神経細胞は再生しないと考えられている。確かに、神経細胞が増殖して脳内の神経細胞が毎日新しくなっていては、私達の人格は毎日変わることになる。しかし、今から10年ほど前にヒトの脳内において、神経細胞が新たに再生していることが示された(Eriksson PS, at al. 1998)。これまでの常識を覆すこの新事実がどのようにして証明されたのか、その経緯をご紹介します。アメリカ合衆国カリフォルニア州で肺ガンの治療を受けていた大人に対して、治療後の評価を目的として、増殖している細胞を標識するBrdUという薬を注射する検査をしていた。その後、亡くなられた患者さんのご家族の了解が得られて、癌の再発の評価をするとともに脳も調べられた。すると、肺ガンで亡くなられた患者さんの脳の海馬という部位(記憶に関与する)にBrdUで標識され増殖している細胞が存在していた。その後の詳細な検討により、それは神経細胞であることが確かめられた。これは、ヒトの脳において神経細胞は生後も新たに誕生するという事実が初めて確かめられた瞬間である。以来、世界中の多くの研究者がこの分野に参入し、活発な研究が行われている。その中で、特に興味深い研究成果をご紹介します。それは、養育環境が生後におきる神経細胞の再生に影響するかということについて調べたものです(van Praag H, et al. 1999)。マウスを飼育するケージを大きくして、その中にマウスの好きなおもちゃや車輪などを置き、遊びたい時に遊び、運動したい時に運動することができるようにした。そして、普通の小さなケージで飼育したマウスと比較した。脳の海馬における神経細胞新生は、先に述べた豊かな環境下で飼育された場合の方が多かった。こうして、養育環境が脳を変える可能性が示されたのである。これは、正常な脳に限って起こる現象なのか? 障害を有する脳では、このような変化は期待できないのか? 2007年5月号のNatureという科学誌にその回答が寄せられた (Fischer A, et al. 2007)。脳障害を有するモデルマウスを、豊かな環境下で飼育した場合と通常のケージで飼育した場合で、脳の重さと記憶能力を調べた。脳の重さについては、両群で差はなかったが、記憶能力は豊かな環境下で飼育されたマウスのほうがよかった。この研究では、神経細胞の新生について詳しく調べられてはいないが、生後におきる神経細胞新生は脳の大きさを変えるほどのものではないらしい。しかし、豊かな環境下で飼育されたマウスでは、神経細胞間の情報伝達が改善していることが示された。また、新しく誕生した神経細胞は、周囲の神経細胞網とネットワークを構築することも示されている。これは、障害を有する脳でも、養育環境によりその機能が変化することを示したものである。

マウスを使った研究では、飼育環境を豊かなものに変えることにより、生後の脳(海馬)における神経細胞新生が活発になり、さらに学習能力も改善することが示された。こどもにとって豊かな環境とはどのようなものか、教育に携わるものが考えるべき大きなテーマである。